「家庭連合」の研究。

「世界平和統一家庭連合」は神に帰れ。

●基督は、ユダヤ教・キリスト教の伝統の基に使命を果たされます。「聖書」と「原理講論」に帰り、成約聖徒としての使命を全うしましょう!

金栄輝先生上疏文の「独生女論批判」  

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聖婚式時点で韓氏オモニは「独生女論」信奉者だったのでしょうか?




 

 金栄輝先生上疏文の「独生女論批判」            

 

 

永田正治  Masaharu Nagata 

 

 

 韓氏オモニは、無原罪で誕生した人間は、自分とイエス様だけで、真のお父様は原罪を持って生まれたと言います。しかし、韓氏オモニ以前に、第一の母、第二の母がおられます。この二人のお方は、原罪が有るのか、無いのか、一切、言及しません。お父様は、第一の母が勝利していれば、それで救済摂理を成し、その後の聖婚はなかったと仰っています。独生女論は、核心にスッポリ大きな穴が開いている偽りの神学です。こんなものを信じてはなりません。

 この偽りの神学を擁護し、隠ぺい、偽装して、食口に「独生女論」を信じ込ませているのが、家庭連合の学者たちです。金振春院長、アンドリューウィルソン教授、太田朝久講師などです。しかし、おかしいと思いませんか? いったい、自分の宗教的価値の説得を、学者に代りにしてもらった宗教家がいたでしょうか。イエス、釈迦、孔子日蓮大川隆法、そして麻原彰晃すらも、自分の宗教的価値は自分で語り、信者を説得したのです。韓氏オモニは、自身の宗教的価値を自分が説得できず、学者にしてもらった唯一の宗教家です。こういう「独生女論」は信じるに足りません。

 お父様は、韓氏オモニのように、何度も何度も、自分は「無原罪の独生子だ」などと言わず、ひたすら、真理のみ言と、世界救済のビジョン、そして血と汗と涙の生きざまを通して、私たちに、お父様こそ救世主、メシアであると信じさせたのです。お父様は、まさに宗教家の本道を歩まれました。

 それに比べ、韓氏オモニの歩みは疑問が尽きません。そもそも、学者が韓氏オモニ無原罪を主張し始めたのは2016年の末からです。なぜ、わざわざそれを主張しなければならないのでしょうか。理由は、この時まで、みな正統信仰を信じ、誰もそんなふうに思っていなかったからです。じっと、皆さんの記憶を思い返して下さい。しかも、彼らは、韓氏オモニが、自分だけが無原罪で、お父様は有原罪と言っていることはひた隠しにしています。食口の皆さんは、韓氏オモニの「独生女論」をまともに伝えず、あの手この手で、バラ色の「真の母・真の父おふたり無原罪」を説く家庭連合学者のウソを信じてはなりません。


 金栄輝先生の上疏文は、韓氏オモニ個人に捧げるものなので、慎重に、内容と言葉をえらび、穏やかに説得しています。しかし、最後にはしっかり重要な指摘をしています。「しかしながら、のお父の原罪算が、のお母との聖婚を通じなされたというみ言の容は、メシアであり再臨主であられるのお父を否定する次元を越えて、メシアがのお父様でなく、真のお母様であるという意味になるのです。さらには、今日までのお父を中心とした神の理全体とのお父様が勝利された、摂史および創造原理(主体対象の原理)までも全て否定する結果となるのです」。

 

 

 上疏文の「独生女論批判」

 

 ある日「私は原罪なく生まれたのお父は原罪をもって生まれたのお父の原罪算は私との聖婚によってなされた」という意味のみ言を、直接、間接的に聞いた私たちは、胸がはり裂かれるような痛みを覚えたのであります。

 ある日「私は原罪なく生まれた。真のお父様は原罪をもって生まれた。真のお父様の原罪清算は私との聖婚によってなされた」という意味のみ言を、直接、間接的に聞いた私たちは、 胸がはり裂かれるような痛みを覚えたのであります。私たちが生涯教育された原理と、み言の内容と全く矛盾しているからです。み言の理解が足りないかも知れませんが、真のお母様のみ言の要旨に対しての疑問を、原理とみ言の内容に照り合わせて申し上げますので、私たちの無知を原理とみ言で教示して下さいますことをお願い申し上げます。

 

 

 キリストの使命は、られるメシア(再臨主)を迎えるための使命として、新婦を準備する使命であるのに、それがどうして原罪算の理でありましょうか

 「私は原罪なく生まれた。キリスト教心霊集団を中心とした3代の絶対的信仰と3代を経た独り娘(独生女)として生まれたので原罪が清算された」 と語られました。しかし、原罪清算はメシア(真のお父様)を通じてのみ可能であり、どうしてそれが可能でありましょうか。 すなわち、キリスト教の使命は、来られるメシア(再臨主)を迎えるための使命として、新婦を準備する使命であるのに、それがどうして原罪清算の摂理でありましょうか。

 



キリスト教の心霊団を中心に、のお母3が信仰的統を受け継いだことは、原罪を算する理ではなく再臨主を迎えるためのキリストの使命(新婦の使命)続することを意味するものであります

 キリスト教の心霊集団を中心に、真のお母様の3代が信仰的伝統を受け継いだことは、原罪を清算する摂理ではなく再臨主を迎えるためのキリスト教の使命(新婦の使命)を相続することを意味するものであります。再臨主を迎えるためのエバの使命を帯びた聖主教団と腹中教の使命は、真のお母様が祝福を受けることにより使命を継承されるというみ言があるためです。

 

 

 落した人間は誰であっても、メシアを迎えずには原罪を脱ぐことはできないというみ言は、準備された新婦(エバ)も例外ではないと思うのであります。

 万一、真のお母様のみ言のように、メシア・再臨主であられる真のお父様を通じなくとも原罪の清算が可能であれば、メシアであり再臨主であられる真のお父様を中心とした神の摂理は必要がなくなるのです。これは 蕩減復帰摂理の全体を否定することです。堕落した人間は誰であっても、メシアを迎えずには原罪を脱ぐことはできないというみ言は、準備された新婦(エバ)も例外ではないと思うのであります。

 

 

 再臨主であられるのお父様に原罪があるという理由が、兄弟がいるからということならば、独生子であるエス様も腹ちがいの洗礼ヨハネがいるので独生子になれないということになります

 「真のお父様は原罪をもって生まれたのだ。真のお父様が原罪なく生まれたならば、その兄弟たちも原罪が ないということになる」というみ言は私たちを戸惑わせました。メシアの原罪有無の判断基準が、どうして兄弟の原罪有無を基準にしなければならないのでしょうか。再臨主であられる真のお父様に原罪があるという理由が、兄弟がいるからということならば、独生子であるイエス様も腹ちがいの洗礼ヨハネがいるので独生子になれないということになります。ですから、メシアの原罪有無の判断基準は、兄弟の原罪有無ではないと考えられます。これは原罪なく生まれた独生子の概念を、単純に文字的概念(ひとり息子)と理解されることであります。

 

 

 原罪の有無など誰も客観的に立証できません。ただ、のお父の次のみ言を受け入れるか、受け入れないかの問題なのです

 原罪の有無など誰も客観的に立証できません。ただ、真のお父様の次のみ言を受け入れるか、受け入れないかの問題なのです。「来られる主は、世界的なアダム家庭を復帰した基盤の上に来られる方であり、夫として来られる方であり、王として来られる方であります。この方は、メシアであると同時に再臨主であり、真の父母であり、救世主であります。私は堕落した血統ではありません。私は平和の主人であり、血統の主人であり、淫乱の巣窟であるラスベガスまで支配できる者です。私は血統的にサタンの讒訴を受けていません。救世主は種が違い出生がちがう。この世の男の出生は天使長の血統であり、再臨主の出生は神から来たのです」。

 

 

 結局、のお父様が原罪があるかないかの問題は、のお父を再臨主として信じるか信じないかの問題なのです。そうですから、のお母の「のお父は原罪がある」というみ言は、のお母様が真のお父 再臨主と信じていないということであり、真に嘆かわしいことです

 結局、真のお父様が原罪があるかないかの問題は、真のお父様を再臨主として信じるか信じないかの問題なのです。そうですから、真のお母様の「真のお父様は原罪がある」というみ言は、真のお母様が真のお父様を 再臨主と信じていないということであり、真に嘆かわしいことです。それをご理解いただきたいのです。

 

 

 のお母は「のお父の原罪算はのお母との聖婚を通じてなされた」と語られました。わたくしはこのみ言を聞き大変当惑しました。このみ言は、メシアがのお母という誤解を招くからです

 真のお母様は「真のお父様の原罪清算は真のお母様との聖婚を通じてなされた」と語られました。わたくしはこのみ言を聞き大変当惑しました。このみ言は、メシアが真のお母様という誤解を招くからです。統一原理と真のお父様のみ言では、明確にメシアと再臨主は男性(完成したアダム-後のアダム-第2次アダム-第3次アダム)として来られ、完成したエバを再創造すると明示されています。メシアと再臨主が男性である理由は、復帰摂理が再創造摂理であるため、神はアダムを先に創造され、そのアダムの肋骨をもってエバを創造されたという創造原理に立脚して展開されるからです。そのため、完全な神の愛を中心に誕生した完成した男子、すなわち、真の人間があらわれなくては、再創造の原則に従いエバを救うことができないのです。 

 

 

(結語) 「しかしながら、のお父の原罪算が、のお母との聖婚を通じなされたというみ言の容は、メシアであり再臨主であられるのお父を否定する次元を越えて、メシアがのお父様でなく、真のお母様であるという意味になるのです。さらには、今日までのお父を中心とした神の理全体とのお父様が勝利された、摂史および創造原理(主体対象の原理)までも全て否定する結果となるのです」。

 

 

【永田正治さんのプロフィール】

1954年東京生まれ。高麗大学歴史学科卒業。崇実大学統一政策大学院修士、啓明大学日本学博士課程修了。慶州ソラボル大学勤務(1997—2007)。慶州歴史文化都市造成計画TF委員歴任。著作に『北朝鮮関連日本書籍の分析』、『徳川綱吉儒教政策』など。日本に帰国後は、信者の異宗教交流により宗教間交流の活性化をめざす「異宗教コミュニケーション」を提唱。「異宗教コミュニケーションのすすめ」、「宗教の復権と異宗教コミュニケーション」、「宗教多元主義と異宗教コミュニケーション-遠藤周作『深い河』を中心に」などがある。

 

 

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