「家庭連合」の研究。

「世界平和統一家庭連合」は神に帰れ。

    ●基督は、ユダヤ教・キリスト教の伝統の基に使命を果たされます。「聖書」に帰り、成約聖徒としての使命を全うしましょう!

「息子の魂が蘇った(本郷への帰還)」(「家庭連合からの生還」12回連続の番外編)

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ニューヨーク・セントラルパークから見たビル群



「息子の魂が蘇った(本郷への帰還)」(「家庭連合からの生還」12回連続の番外編)


●はじめに

実は私は「家庭連合からの生還」連載第9回目にて表明した約束を守っていませんでした。それは息子(次男)の統合失調症との闘いの記録を明らかにするとの表明です。
よって今回その約束を果たそうと考えます。結論を先に申しますと、私の家族が「サンクチュアリ教会」に移籍した結果、息子の病状が奇跡的に完治しました。今回ご報告するのは、12回連続の番外編「息子の魂の生還」の記録です。

 


●「家庭連合からの生還」12階連続のおさらい


●「家庭連合からの生還」は無事一応の完結をみました。12回の連載のタイトルは次のとおりです。


第1回「洪蘭淑様の著書から学んだ真実」

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 第2回「カトリック教会のカテキズムを学んだ結論

第3回「異端と分派の境界線・福音書が4つある謎」

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第4回「第四イスラエル研究会の検証」

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第5回「神山威会長の言説の真実」

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第6回「江利川会長退会届の衝撃」

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第7回「鄭正玉会長・姜賢実先生の証言」

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第8回「私を救った永田先生の独生女論批判」

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第9回「余が三男派と決別したる理由」

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第10回「パズルを完結する文鮮明師の証言」

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第11回「韓鶴子総裁の過ち。李ヨナ様の証言」

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第12回「なぜ韓鶴子総裁は復讐したのか。文亨進様の証言」

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番外編「息子の魂が蘇った(本郷の地への帰還)」(今回の内容)

 

 

■■■第一章 きよはる「統合失調症」を発症す!


1)統合失調症」は不治の病

かつて「精神分裂病」とも呼ばれていた「統合失調症」は、現在子供達の百人に一人の割合で発症する原因不明の、典型的な精神病です。ただ、宗教心のある方なら分かるように、終末期の悪霊の所業でありますことは明白であり、実際の介護の当事者としてもその事は疑いようのない事実です。

私は、最初に入院した病院の精神科のカウンセラーに告げられました。『「統合失調症」は残念ながら原因不明の難病で、完治する確率は今のところほとんどありません』と。

 

 

2)息子きよはる君のこと。

次男であるきよはるは、学業成績は長男に及ばずとも、所属するサッカー部では1年からレギュラーになるほどスポーツ万能な子で、私の家庭の子供達の中でも「み言」を一番熱心に学び、母親の家事の手伝いもする自慢の子供でした。

 

 

3)中学3年で「幻聴」と「妄想」はじまる(2009年)

入学予定の私立高校最初の登校日、息子は突然「俺は行かぬ」と言い出しました。話を聞くと、訳が分からぬ事を叫びだす始末。

「外をバイクで不良が自分を殺しにやって来るのが見えないの?」「壁の向こうに人が立っているのが見えないのか」と。

これは、今だから言えますが、初期「統合失調症」の典型的なシグナルなのです。

ところが、当時自分の息子が精神病になるなど、想定外・驚天動地の事件でありまして、私は息子が嘘をいっていると勝手に決めつけてしまいました。

これが最初のボタンの掛け違いなのでした。

 

 

4)清平40修へ参加。そのまま「清心病院」へ最初の入院(2010年

きよはるは、自ら清平40修への参加を願い出て、教区長の面接を受け、一人渡韓しました。ところが、向こうで「幻聴」があるとスタッフが判断、40修終了後、そのまま「清心病院」へ40日間入院し、戻ってきました。

帰ってくると「班長さんがすばらしい人だった」とか「み言が分かった」など希望的な感想を語っておりましたので病気も治ったのかと安心しておりました処、最後にこう切り出しました。

「もう一度清平40修に参加させてほしい」「清平でしばらく静養させてほしい」と。

 

 

5)親の不理解から初期治療のチャンスを逸する。

私は当時「統合失調症」についてまったく理解しておりませんでした。そして、きよはるが、どんなに必死に、心の中で悪霊とすさまじい死闘をしていたかも。

私は経済的理由で、きよはるの申し出を断ってしまいました。

私はこの事をその後、とても悔やむ事になります。どんなに出費がかさむことになろうと、きよはるの申し出どおり送り出してやれば、初期段階で完治できたかもしれぬと。

 

 

 

■■■第二章「悪魔との死闘」(急激に進行する病状)


1)頻発する暴力事案、いやがらせ、奇行。(2011年)

その後、きよはるの病状は急速に悪化しました。顔つきが変わり、ベッドで一日中寝込む事が増えました。

食事を出しても食べずにゴミ箱に捨て、妻が怒り出すことを故意にやり出しました。暴力を振るうことも増え、私と何度か取っ組み合いになり、椅子を振り上げられ、私は、ほうほうの体で裸足で逃げ出しました。

高速道路を歩いて警察官に補導されたり、幼稚園の家庭菜園の野菜を掘り出したり、最後は母親の腰をおもいっきり蹴り上げ、そのショックと恐怖心から妻は実家に帰り療養してしまいました。(悪霊の形相になったときの息子は映画「エクソシスト」。朝まで怖くて眠れぬ日もたびたびでした。)

 


2)山中で遭難す。最初の「保護入院」。(2012年5月)

祖母(私の母)と二人で山に山菜採りに出かけたまま、一人で祖母の静止も聞かず山頂を目指して山奥に分け入り、夕方になっても下山せず。やむなく翌朝から山岳救助隊を要請する事態に。

5月ながら山の最低気温は5度。私は郷の消防署の駐車場で朝まで過ごしました。

すると奇跡がおこりました。早朝5時頃、私の車の前を一人の青年が全身朝露で濡れた姿でトボトボ歩いてきます。きよはるでした。

車中で食事と着替えをさせ、山岳救助隊に連絡、救助活動は直前でかろうじて中止となりました。警察の聴取の後、精神病院への保護入院(強制措置)となりました。

私は、このとき精神病棟に入院したきよはるの姿を覚えています。築50年たつ、薄暗くジメジメした閉鎖病棟(施錠していて勝手に出入りできない)。

息子をついに監獄(実際は病棟ですが)に収監させられる、親のみじめな絶望感。

暴力をふるうと、懲罰病室に隔離され、手足を縛られ苦しむ姿をみるにつけ、なんの理由で息子はこんな目に遭うのだろうと、一人天を仰ぎ涙したことを覚えています。(妻は霊的に敏感で面会に来れませんでした)

 

 

3)清平「清心病院」精神病棟に入院す。(2014年)

私は、2010年に許可してあげられなかった訪韓のせめてもの罪ほろぼしと、2014年2月から8月、清平「清心病院」精神病棟に入院させました。妻も40修に4回連続で参加し、付き添ってくれました。

ご存じのとおり、韓国では健康保険適用外で40日で最低80万の入院費用が必要でした。会社のカードで決済する時、たまたま決済枠不足で決済不能の時の清心病院の会計担当女性の険しい表情は忘れられません。(理由は入院費用を払えず踏み倒す食口が多かったようです)

金孝南訓母にも直接ご指導を仰ぎましたが、結果的にまったく改善が見られずじまいでした。私はこの時、「清平役時」を見限りました。

 

 

4)イオンで暴力事件を起こす。二度目の「保護入院」。(2015年6月)

イオンのスターバックスでコーヒーを注文した時の事。ささいな事で息子と行き違い、きよはるが私に殴りかかりました。

びっくりした店員が止めに入ると、静止を振り払い店外に脱走。家電製品売り場の商品をメチャクチャに損壊し、パトカーが三台、警察官10人に取り囲まれ、二度目の保護入院に。

 

 

■■■第三章「病状転換のポイント」(劇的回復の光明)(2015年8月)


1)祖母(私の母親)のこと。

私の母親は色のついた夢で啓示を受ける霊能力を持った人です。

あるとき、亡くなった姉婿が夢に現れ、「地上で怠けて働かなかったから、こちらで何倍も働かなければならぬ。作業着を送ってくれ」と啓示がありました。母は青森の恐山のいたこさんに頼んで、作業着をお焚き上げしてもらいました。

立正佼成会に在籍していた事があり、統一教会の事も、久保木会長の事もみんな知っておりました。霊能者の知り合いも多く、良くお伺いに連れて行かれましたから、霊界現象につきましては小さいときから何の疑念を抱いたことがございません。

ただ、基督教に対する理解が乏しく、おまえが基督教を抜けたらみんな良くなると口癖のように言っておりました。

そんな母親がある時、東京に居る僧侶を一緒に訪ねようと言い出したのです。

 

 

2)ある僧侶と出会い、夢で啓示を受ける。

この僧侶は、毎日厳しい難行苦行の修行を重ねて悟りを開いた方で、精神病になった子供の原因となる背後霊を夢で示される霊能を持つ方でした。母親は本を通じてこの方を知ったのでした。

母親と一緒にこのお寺を訪ねたあと、この僧侶は快く、きよはるの夢の霊視をしてくださいました。その結果示されたのは次の二つの場面でした。

「父親と若い息子が二人で立派な豪邸の応接室を尋ね、大きな地図をみながら、なにやら相手の親方と協議している姿」
「この息子が一人で外で歩いていると複数の大人に囲まれ意識が遠のいていく姿」

最後に、妻の家系からこの息子を探しなさいとアドバイスを受けました。

 

 

3)妻の家系図作成。片っ端から墓地と親族を訪ね歩く。(2015年9月)

三日かけて、妻と二人で家系図に記載されている親族のお墓を直接親族を訪ね歩きながら探しました。(結果的に尋ねた親族10家庭、お墓で12か所は尋ね歩いたでしょうか)

家系図をくれた「とこや」さん
ある親族のとこやさんでは、夜8時頃にもかかわらず、まってましたとばかり自分が調べた家系図のコピーを下さり助かりました。(実際この家系図は「丸山家」のもので彦次郎さんが載っていました)


②父の母親の思い出

妻の父方の祖母の嫁ぎ先(父親を産んだ後離縁されていた)を尋ねた時のこと。90歳になるおじいさん(祖母の義理の弟)が祖母「あきよ」さんの思い出を語ってくれました。

2㎞ぐらい離れたその家に、妻の父親(長一さん)が遊びに行きかくれんぼをした時のこと。祖母「あきよ」さんは物陰に隠れ、我が子(長一さん)を見て、声も掛けられずにしくしく泣いていたというのです。

家系図を見ると悲しいことに「あきよ」さんと嫁ぎ先の旦那さんは、昭和9年、30歳の若さで共に亡くなっていました。栄養失調による結核が原因だったとそのおじいさん(弟さん)が教えてくれました。


③檀家の僧侶を訪ねる

私たちは、目星を付けた「丸山家」の檀家の僧侶を訪ねました。「過去帳」を開示していただくためです。しかし、結果的に開示してはもらえず。理由は直系親族以外プライバシーの問題があり開示できぬとの事。


4)「夢に現れた息子」の謎が解かれる。


①丸山家の後孫の娘さんと出会う
一人で住んでいたそのおばあちゃんは、祖父が元は大地主だったが、保証人になった為に全ての財産を失い、その後一生炭鉱夫として働いていたと語り始めました。

そしてその方の父親が、元はこのお屋敷に住んでいたという場所を尋ねたことがあるというのです。


②16歳で亡くなった三男坊を見つける

家系図を調べますと、その方の息子が16歳で亡くなっていました。そのおばあちゃんにお礼をいい、私と妻はさっそく16歳で亡くなった「彦治郎」さんのお墓を尋ねました。

探すのに苦労しましたが、そのお墓は、お寺の片隅にひっそり鎮座していました。

墓石が古かったものの、炭鉱夫になった父親の名前と兄弟の名前を発見しました。

ところが不思議な事に、その当事者である「彦治郎」さんの名前だけは墓石に刻まれておりませんでした。(前述しましたとおり、僧侶は過去帳を見せてくれず、その理由は分かりませんでした)


③大地主のお屋敷を訪ねる

丸山家が大地主として住んでいたお屋敷はすぐ見つかりました。小高い山の上にあるそのお屋敷は、見晴らしが素晴らしく、一度見たら誰でも住みたくなるような雄大な場所に建っていました。(文字通り雲上の楽園でした)

ここで小作人30人、馬数十頭、あたり一円の田畑を管理していたというのです。

しかし、その場所のロケーションが素晴らしければ素晴らしいほど、そこを追われた父親と「彦治郎」さんの無念さはいかばかりであったでしょうか。

私と妻はそこで祈りを捧げ、帰途に就きました。

 

 

5)彦治郎さんの供養をおこなう

発見された「彦治郎」さん。

私は東京の僧侶にご報告して供養をお願いしました。結果、きよはるは見違えるように良くなりました。

暴力的な霊は抜け、温和な表情に戻り、普通の会話ができるようになりました。思考能力も戻り、薬の数も大幅に減らすことが出来ました。

 


■■■おわりに(本郷の地への帰還)

 

1)妻のこと。私のこと。

きよはるが発症してからは、夫婦で教会か聖地を訪ね、早朝5時からの訓読会を実践してきました。一週間断食も数え切れずやりました。

私は大学時代からの「PTSD」の後遺症が残っておりました。
大学時代の「左翼過激派」との死闘は下記の記事を参照ください。

www.kateirengou.jp

  

私は会社の経営者であり、学校のPTA会長も引き受けました。2014年からは家庭連合の壮年部長、勝共事務局長も務めました。しかしながらその原動力は、息子を解放してあげたい一念での、精誠条件としての歩みであった。今さらながら理解できるのです。

 

 

2)家庭連合からの離別を決断

●「家庭連合」からの離別を決断した経緯につきましては、
→→→「徳野会長への5つの提案1・2・3」

www.kateirengou.jp

www.kateirengou.jp

www.kateirengou.jp



●「サンクチュアリ教会」への参加を決めた経緯につきましては、
→→→「家庭連合からの生還1~12」(一番最初に貼り付け済み)

をぜひともご参照ください。


3)サンクチュアリ教会本部礼拝への参加


私は「救命ボート」名簿の中に、大学時代にお世話になったお姉さんの名前を見つけました。お誘いを受け本部礼拝への参加を決めました。

最初はこのお姉さん以外知り合いはおらず、不安いっぱいの参加でした。都内東京大学近く、ビルの地下にある礼拝堂には100名を超える信徒が集まっていました。

最初の天一国国歌(サンクチュアリ教会ではお父様作詞の聖歌「栄光の賜」である)を讃美した時、私は不思議な聖霊体験をしました。聖歌が流れてきた時から涙が止まらずあふれ出て、「ここが本郷の地である」と心にアボニムの声が聞こえたからです。

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4)結語(きよはる君は最高の親孝行息子)

きよはる君は、残念ながら、中学3年生のまま「魂」が蘇った状態で、学業も職業訓練もこれからですが、いつもニコニコ笑っており、デイケアではおじいちゃんおばあちゃん達の人気者です。

きよはる君に取り付いた悪霊と必死に格闘していた時期は、心身衰弱して、私も妻も「なんでこんな事になったんだろ」と天を恨む気持ちになったのも事実です。

しかし、私たち夫婦にとって最高の宝物は、本郷の地であるサンクチュアリ教会に帰還できたことです。

サンクチュアリ教会に移籍しした結果、文字通り、きよはる君の魂がよりクリアに蘇りました。このことを、本当に神様に感謝します。

今振り返りますと、実はきよはる君は、私の家族、氏族の罪業を精算する使命を持って生まれ、一身にその罪を背負い、必死に悪霊と闘った最高の親孝行息子だったのです。

 

 

おわり

 

 

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