「家庭連合」の研究。

「世界平和統一家庭連合」は神に帰れ。

    ●基督は、ユダヤ教・キリスト教の伝統の基に使命を果たされます。「聖書」に帰り、成約聖徒としての使命を全うしましょう!

神が準備した再臨の雲「ペンテコステ教会」の研究

 

 

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神が準備した再臨の雲「ペンテコステ教会」の研究

『見よ、彼は、雲に乗ってこられる。』黙示録1章7節 

 

●はじめに

今年8月、亨進様夫妻と国進様夫妻が米国最大のペンテコステ教会牧師・ロドニーハワードブラウン牧師の招請を受け、師の主宰する礼拝に臨席された。師の礼拝で体感する「主の油注ぎ」と呼ばれる聖霊の役事で、参加者はみな一様に「ハレルヤ」を叫び、聖霊の「火」を受けキリストの臨在を確信するに到る。

しかしながらこの役事の形態はペンテコステ教会の氷山の一角に過ぎない。

現在ペンテコステ派は基督教信徒数でカトリック教会に次ぐ3億人ともいわれる。なぜペンテコステ教会はわずか一世紀で急成長できたのか。紙面の許す限り紹介することとしたい。なぜなら「ペンテコステ教会」研究は転換期にあるサンクチュアリ教会の方向性を示す啓示にあふれているからである。

 


ペンテコステ教会信徒のあいさつ

『あなたは、聖霊を受けましたか』ペンテコステ教会では初対面の挨拶代わりにこのような会話が日常的に交わされる。あなたがペンテコステ教会の信徒であると仮定して、あなたは躊躇なく、あいさつを返すことができるだろうか?模範的な返答は以下のとおりとなる。

『もちろんです。私はイエスキリストの導きにより、聖霊の恵みを受け「異言」を語ることが出来ました。神は私のような罪深い者も見捨てることなく、神の聖なる栄光を現してくれたのです。』

ここに至って二人は抱擁し固い握手を交わすことができる。この「異言(グローソラリア)」が教会内でどのような意味を持っているかは後ほど解説したい。

 


●1901年1月1日午後11時、再臨を迎えるキリスト教の夜明け。

『すると突然、天から、激しい風が吹いてくるような響きが起こり、彼らのいた家全体に響き渡った。また、炎のような分かれた舌が現れて、ひとりひとりの上にとどまった。すると、みなが聖霊に満たされ、御霊が話させてくださるとおりに、他国のことばで話しだした』(使徒2章1節~4節)

教父アウグスチヌスは、イエスキリストと原始教会で日常的に行われていた奇跡の御業は、基督教の聖書聖典の成立により中止されたという「カリスマ中止論」を宣言した。実際それ以降、カトリック教会では、奇跡が認められれば、聖人に叙せられる程の希なる事件であった。

ところが20世紀になっての神の最初の異言語り(グローソラリア)の役時は米国カンザス州トペカにて、1901年1月1日午後11時に現れた。ホーリネス派(ナザレン教団)説教者のチャールズ・F・パーマム師の主宰する「ベテル聖書学院」の祈祷会で、オズマン姉がパーマム師の按手により聖霊バプテスマを受け、最初に「異言」を語りはじめ、続いて参加した学生全員が「異言」を語ったのである。

神は使徒行伝2章1節から記されている原始基督教会で起こった聖霊の役事を、再臨主降臨20年前から開始した。これが再臨の「雲」を準備する奇跡の始まりであった。

 


●松明(たいまつ)のリレーのように
全世界に拡散し続けている「聖霊」の炎

パーマム師に出現した聖霊の炎は、1906年テキサス州ヒューストンで新年の聖書学校にて、当時学生だったホーリネス派(メソジスト教会)の黒人説教者W・J・シーモア師に、あたかも、松明(たいまつ)の炎をリレーするごとく受け継がれた。

シーモア師はその後「アズザ街三一二番地」で集会を持ち、すさまじいリバイバルの霊的炎が三年間降り注いだ。何千人もの人々が全世界から集い、聖霊と火のバプテスマを受け続けた。この御業は「アズサミッション」と呼ばれ、全世界に「ペンテコステ教会」が設立される基点となった。

シーモアの弟子は次々に新たな宣教団を創設、参加した既成教会牧師は、ペンテコステ派に自らの教団を改編し爆発的な発展と成功を収めた。若い宣教師は海外に出かけ、聖霊の御業により奇跡的に多くの教会を次々に設立することができたのである。

 


●世界宣教の中核を担った神癒伝道師

『信仰による祈りは、病む人を回復させます。主はその人を立たせてくださいます。また、もしその人が罪を犯していたなら、その罪は赦されます』(ヤコブ5章15節)

ペンテコステ教会の歴史はすなわち「神癒伝道」の歴史でもある。しかしその位置づけは、決してご利益的なものではない。基督教の「神癒」はキリストの救いの一部であり、神の栄光を現すものだからである。

ここでは、具体的にロドニーブラウン師以外に三人の牧師の業績を紹介したい。

①オーラル・ロバーツ(1918年・米国オクラホマ州生まれ)
ペンテコステ教団の牧師の息子に産まれる。17歳で結核を患うが、ジョージ・W・マンシー牧師の神癒集会で回復する。1940年より神癒伝道開始。1947年から68年までに300回以上のクルセードを実施、数百万人の病人のために祈る。一晩で9300人に個別に按手し祈った。1万2500人収容の大テント(天幕神癒伝道)、「TV神癒伝道」「豊かな命誌」発行、「オーラル・ロバーツ大学」設立、「信仰医療センター」設立等の事業でも成功を収めた。

②T・L・オズボーン(1923年・米国オクラホマ生まれ)
農家に生まれ、12歳で回心、14歳で説教者として召命された。1947年、神癒伝道集会で聾唖者の少女が牧会者の祈りで癒やされたのを目撃し、1948年祈りと断食の後、独立の神癒伝道師として立つ。1950年プエルトリコで12日間で18万人以上の回心者を得、1951年キューバで50万人、1953年にはグアテマラで50万人以上の人々が救われた。1953年から64年までに米国で毎年400以上の教会を設立した。

ダビデ・チョー・ヨンギ(1934年・韓国生まれ)
韓国は全人口の3割が基督教徒の国であり、ほぼすべての教派の最大教会は韓国にある。チョー・ヨンギ師率いるペンテコステ派(純福音教会)も例外ではなく、信徒数75万人。人類史上最大の教会といわれる。礼拝では聖霊の働きにより、異言を語り出す者、笑いながら踊り出す者、卒倒し心霊が解放される者、病気が癒やされる者など実体的な徴が次々に現れ、異常な興奮の中に神様の役事が展開されている。

 


●「ペンテコステ教会」の神学的な特徴とは何か。

ペンテコステ派は基督教会全体を俯瞰するとき、霊的な恩恵に満たされた「神霊教会」「保守的な教会」であると断言できる。「聖書」は一点一画の間違いもなく神の啓示そのものと理解される。キリストの復活は文字通りの紛れもない事実と信じる。今もキリストは聖霊として働き、奇跡としるしを現わし、死人をも復活させると信じる。実際ペンテコステ教会では盲人の眼は開き、つんぼの耳は聞こえ、足萎えは立って歩き出す。今まで難解で不都合な記述と思われてきた聖書の奇跡は、もはや、キリストを証しする立証にこそなれ、なんら信仰の障害にはなり得ない。

日本の基督教が今だ「非核平和論」に代表される幼稚な政治姿勢から脱却できぬのに比較して、宗教改革以降、神学論争が即国家の命運を決めた欧米諸国の基督教は、政治的にも現実的(保守的)だ。その中でも欧米のペンテコステ教会は、自らの生命と血統を国家に委ねず、自ら守るという思想に貫かれており、銃の保持も支持する。

 


●「ペンテコステ教会」の再臨主を迎える神学的な課題

私は今まで多くの神学書を学んだが、明確な罪の起源(堕落論)と歴史に貫かれる神の復帰法則(復帰原理)を解明をした神学体系は「統一原理」以外存在しない。そしてこの原理を解明した方こそ再臨主であると信じる。そして上記で解明したように再臨主の摂理のために基督教徒の中で最も選ばれ育成されたのがペンテコステ派だと理解する。

ところが再臨主在世時にペンテコステ派はもっとも統一教会に反対する急先鋒であり続けた。なぜペンテコステ派は再臨主在世時にその使命を果たし得なかったのか。そして再びめぐってきた二代王を中心とする神の摂理を共に担うために、何が課題となるのか。神学的な視点(終末論とキリスト論)から掘り下げて解説してみたい。

 


ペンテコステ派「終末論」の概要

1)「死」の解釈と「復活」
人間の肉体的な死(霊魂と肉身の分離)は、人間の堕落の結果の刑罰。本来神の創造の秩序に反するもの。人間の霊魂と肉身は本来、永遠に結びつき地上で生きる。現在の「死」は再臨までの暫定的な状態にすぎない。さらに保守派の基督教は「復活」を文字通りの肉体の復活と理解する。イエスキリストは終末において聖徒が復活する確証として、よみがえられた。そしてその肉身は朽ちない栄化された体(栄化体)である。

 

2)キリスト再臨
人間の罪は十字架の贖罪で100%許された。しかしその許しを完全に現実的に地上に実現しなければならない。同時に神の国の到来とともに、それまでの人類のすべての悪の最終的な総決算(最後の審判)のために再臨されなければならない。再臨は最初に「空中再臨(携挙)」が起こる。キリストのもとに聖徒が集められ、空中に引き上げられ栄化される。その後「地上再臨」が行われる。再臨主は十四万四千の聖徒と天使を伴い地上に来臨する。


3)「千年王国」と「最後の審判
キリストの地上再臨とともに、サタンは鎖に繋がれ、地上に千年王国が建国される。そして、千年間のキリストの統治が終わると繋がれていたサタンは再び解放される。サタンは悪の勢力を結集して神の軍勢と最後の決戦を試みるが、最終的に天から火が下りてきてすべて焼き尽くされる。そして「大きな白いみ座」が準備され「最後の審判」が始まる。いのちの書に名前のないものは火の池に投げ込まれる。すべての悪は完全に一掃され、地上に栄光の「神の国」が樹立される。

以上みてきたようにペンテコステ派の再臨論は黙示録の聖句をそもまま信じていることが分かる。

 

●保守派・基督教の伝統的「キリスト論」

基督教はキリストの持つ位格をAD451 年開催の「カルケドン信条」で明確に定め、以後この信条は変更されていない(ペンテコステ教会も同様)
『キリストは、まことの神で神性において父と同質。まことの人であり人性において我々と同質。神であり人であるが、しかも一位格(人格)である』。

とても矛盾に満ちた表現であるが、パウロ神学以降、キリストを信仰の対象として神格化する方向に傾きすぎた。その結果、再臨主の地上再臨(聖誕)を正しく理解することを困難にしてしまったことは否めない。


●最後に「内なるペンテコステ」と「外なるペンテコステ」とは何か。

『だれでも渇いているなら、わたしのもとに来て飲みなさい。』(ヨハネ6章27節)

ペンテコステ教会では、信仰は①「信仰義認の体験」②「聖霊による聖化体験」③「異言を伴う聖霊バプテスマ体験」の三段階を経て初めて真の「クリスチャン」になったと認められる。イエスキリストを真心から救い主と信じ、自分の罪を認め救いを体験しているクリスチャンはすでに、「内なるバプテスマ(①信仰義認体験)+(②聖霊による聖化体験)」を受けていると考えられる。

多くの成約聖徒の場合、再臨主を証しされた原理修練会がその体験に該当すると思われる。実際筆者も、聖霊を受け、すべての自然が光り輝き、数ヶ月の間天国生活をしているような霊的恩恵が続く体験をした。

そして「外なるバプテスマ」とは、「内なるバプテスマ」を受け充満した内なる聖霊が、「異言」「預言」「讃美」「神癒」等となって表面に現れた現象にすぎない。

しかしながら、ペンテコステ派では、この「異言(グローソラリア)」体験がなければ、「内なるバプテスマ」を受けた信徒として認められないのである。

 


●おわりに(結語)

ペンテコステ派聖霊の役事は、奇跡でも異端の業でもない。多くの基督教徒がもはや忘却したイエスキリストの神癒の御業(病気を治すこと)を再臨主を通じ現代に再現したものに他ならない。

そして、その「油注ぎ」の役事を、二代王文亨進師は外的にはロドニーブラウン師から、内的にはイエス基督から相続し、次なる松明(たいまつ)の炎の受け手を探しておられる。

私たちは自らがその松明(たいまつ)の受け手に相応しい内容を備えなければならない。そして、たとえ役時の担い手に不足な者だとしても、神が準備したペンテコステ教会の信徒が、真に再臨の「雲」となれるように精誠を込めて祈ろうではないか。

 


●反面教師としての日本の基督教会の悲惨な霊的位相

韓国はアジアの中で最も基督教伝道が成功した事例であるのに対し、日本での基督教伝道は失敗の標本である。

日本では明治期以降の基督教伝道は欧米諸国の国家施策の道具となり、基督教の本質を語らず、社会奉仕や学校経営という魂の入らぬ抜け殻のみが一人歩きをした。基督教は日本人の魂の琴線に触れず伝道は破綻した。また、日本の基督教会は、欧米の基督教が宗教改革以降、神学論争が国家の命運を決める戦争という修羅場をくぐり抜けた歴史を有し、現実的な政策判断に深く関わっているのに比べ、温室育ちでの日本の基督教界はいまだに「非核平和論」次元の幼稚な思想レベルを脱却できずにいる。

結局、日本での基督教伝道は全人口の1%まま横ばいを続け信徒は増えていない。

 

 

●参考図書
ペンテコステ神学』大川修平著(マルコーシュ・パブリケーション)
ペンテコステ神学の基礎』ガイ・P・ダフィールド他
(日本フォーヅクエア福音教団出版)
『ファイヤーバイブル』ドナルド・C・スタンプス他(ライフパブリッシャーズ)

 

 

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独生女は救済の不要物・直ちに廃棄せよ

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写真はバチカン市国(韓氏オモニは清平を第二のバチカンにするという)


独生女は救済の不要物・直ちに廃棄せよ     

 

 

 

永田正治  masaharu nagata

 

 

 

全ての統一食口に問いたい。

原理講論に、独生女という言葉があるだろうか。

原理で説かれていない独生女がどうして人類を救済できるのか。

聖書に独生女という女性メシアが説かれているだろうか。

聖書にない独生女がユダヤキリスト教が求めてきた

救世主になれるだろうか。

 

摂理は、前時代の基盤のうえに築かれる。

旧約、新約、成約、三時代の神の救済摂理は強く結びつく。

旧約時代に求めたメシア、新約時代に求めたメシア、

成約時代に求めるメシアは、個体は違っても救済摂理上同一体である。

韓氏オモニの独生女論はユダヤキリスト教の救済摂理に痕跡もない。

こんなものは人類を救済できない。

独生女という偽メシアはサタンの贋作であり、神の敵である。

独生女論など救済の不要物である。

 

独生女はアボニムの造語であり聖書にはない。

アボニムは68年前、成婚前後を中心に180回この単語を使った。

長く使われず、我々は独生女という単語を忘れた。

しかし、聖書的用語で、新約・成約聖徒が共有する独生子は1500回使われた。

180回と1500回、

これを比較すれば、独生女の位置は明確である。

独生子の妻であるから独生女の位置がある。

独生子があらわれ、堕落人間の中から一人の女性を復帰する、それが独生女である。

これが我々の正統信仰である。

韓氏オモニは、復帰摂理上根拠のない独生女を上位に、

神が復帰摂理で切に求めた独生子を下位に置いた。

神のみ言と真逆を言い誘惑した蛇の手法である。

 

1960年から祝福救済が始った。2005年の4億双祝福、その後の

アボニムが行った祝福、全てに、独生女論を念頭に置いて祝福を受けた者などいない。

アボニムも独生女論を言及しなかった。

金栄輝、金元弼、久保木修己、周藤健、小山田秀生、そして我々の脳裏に独生女などなかった。

アボニムがおられた時、アボニムの救済摂理は完成していた。

血と汗と涙の歩みで探し求めた救いのプロセスは完全であった。

アボニム聖和後、独生女論という詐欺教説があらわれた。

こんな、韓氏オモニと金孝南がにわか作りした独生女論など不要である。

 

アボニム聖和二年後の2014年7月、韓氏オモニは独生女論を語り始めた。

自分は無原罪で神の血統の独生女、アボニムは有原罪でサタンの血統、

独生女とつながって、はじめて独生子になれる。

非原理、非聖書、荒唐無稽の異端教説を語りだした。

これを側近幹部に頻繁に語った。

しかし、9月15日、ついに大勢の前で語った。

 

背信者の言葉を聞いてみよう。

 

その時点で韓国にいたお父様は、北側に行った。天の命令だ。お父様は堕落した抜け出せない立場で誕生した。それを知らなければならない、あなたたち。16歳の時、イエス様によって、責任を任された。それなら、お父様としては資格を受けなければならない。資格。— そして第二に独生女に会わなければ、お父様は独生子ではない。これを知っておかなければならない。私が、お父様の聖和後、私が独生女だと発表するから、古い人々は、お父様と50余年の縁というのは、普通ではない。だから、理解できない。これが、天の父母様の摂理だ。再臨メシアが独生女を誕生させるのではない。初期の食口は、皆そう理解していただろう。ん。私について知らなかっただろう。そう、私はそうだ。どのようにしても、天のみ旨を成して差し上げるのが優先だ。そのため、我慢し現れたのだ。

 

韓氏オモニはアボニムの興南刑務所での苦難を、

第一のお母様と結婚した天罰と言う。

アボニムは堕落した抜け出せない立場で誕生したと言う。

アボニムは16歳の時イエスさまを通じ召命をうける以前はサタンの血統であったと言う。

アボニムの生まれは独生子ではなく、自分と結婚し独生子になれたと言う。

 

人類の救いのため幾多の十字架を負われたアボニムをここまでおとしめる、

これが韓氏オモニの独生女論であり、原理、聖書、統一思想に全く根拠を置かない、

霊的悪魔の神学である。

こんなものは我々の救済と無関係な不要物=ゴミであり、直ちに廃棄すべきである。

 

 

霊的サタン神学と混迷する信仰 (独生女論批判・続編:ダイジェスト)

                            

1.にわか作りの独生女論

 

原理は、アボニムが真理探究の凄絶な戦いの末に説かれた。福音書は、イエス様が自身が無原罪のメシアであることを訴える書である。原理の目的も、アボニムが自身が無原罪のメシアであることを必死に訴える書である。アボニムが有原罪であるという独生女論は、原理の目的を根本から否定し、神とアボニムの人類救済の目的を封じる神学に他ならない。独生女論を許容する者が原理を講義することは矛盾であり、そんな者に原理を講義する資格はない。

 

サンクチュアリ教会は、本質問題を叫び、家庭連合が本来の正統信仰に戻ることを訴えている。独生女論は、統一原理を知る者なら、到底納得できない陳腐ともいえる神学である。これは、2014年5月、金孝南氏と韓氏オモニが、側近を伴いスイス旅行に行き、そこで練り上げた、にわか作りの神学である。

 

独生女論は、現実世界を導く、原理、統一思想、聖書などの真理の体系にまったく基礎を置かない、霊的観点でつくり上げた神学である。メシア・アボニムの正統信仰と、韓氏オモニの独生女論は、絶対に調和できない。独生女論が正しければ、アボニムは、60年もの間、人々にウソを教えていた偽り者になる。神は人類始祖に「取って食べてはならない」と教えた。しかし悪魔は、真逆の「取って食べよ」と騙したのである。メシア・アボニムの教えと真逆のことを言い、食口に正統信仰を棄てさせ、地獄に引き入れる独生女論は、きわめて霊的なサタンの神学なのである。

 

2.ミクラー教授のアボニム有原罪肯定

 

独生女論によって食口の信仰、心霊は混乱した。昨年5月、ベルギーで開かれた世界新宗教学会において、「文鮮明師が原罪をもって生まれたと信じるか?」という質問に、ミクラー教授は、「金振春教授の解釈を支持する側として、確実に言える訳ではないが、文鮮明師が原罪なく生まれなかったと信じる」と答え、更に質問者から「文鮮明師に原罪があると信じるのか!」と鋭く追及され、「そうです」と、しぶしぶ答えた。ミクラ―教授は信仰上、命のように重要なことを、せかされて言ってしまった。

 

ミクラ―教授は、自身の信念として独生女論を表明できず、金振春教授が言うからと他者の言動に頼っている。こんな信仰告白はない。信仰告白や表明は、自立した意思で、強い信仰を表明する。これはむしろ信仰の無さを表明している。

 

また彼は「確実に言える訳ではない」と、逃げ口上を付け加えている。独生女論は自分の信念からは支持できない、だから、他者の言動に従う、しかし「確実には言えない」と、よく理解したうえで、自分の理性が支持している訳ではないと、暗に弁解しているのである。独生女論を積極的に支持することによって、自分の信仰や理性が損なわれたくないのである。

 

誰かの発言を自分の考えの動機とすることは、その誰かが言う前は、違う考えを持っていたということである。彼は、金振春の言葉を聞く前、また、韓氏オモニの言葉を聞く前は、アボニムが教えた正統信仰をもっていた。彼はアボニムの教えも原理もよく知っている。知っているからこそ、こんな弱々しく確信の無い返答になったのである。

 

そもそも、澤田さんの抗議活動への対応も同じである。抗議をやめさせるのは簡単で、信念をもって澤田さんを論破すればいいのである。普通、宗教が教義問題で挑戦を受けたら、堂々と受けて立つ。無反応や、討論を回避することない。家庭連合には、太田、阿部、明石などの講師がいる、彼らが、独生女論の正しさを論証し、澤田さんの間違いを明らかにすればよい。それができないのは、自分たちも確信が持てず、まともに信じてもいない独生女論が、アボニムの正統信仰に勝てないと分るからである。家庭連合は、サンクチュアリ教会の主張を「妄想」と言う、妄想ならば、論破は容易ではないか。妄想とは「根拠のない思考」だ、独生女論こそ、信じるべき根拠がない妄想なのだ。

 

3.井口氏のアボニム有原罪否定

 

 大阪大会で、井口氏が、澤田さんの「オモニはアボニムが原罪をもって生まれたと言っている」という問いに、断固として「言ってない!」と否定した。信じられない発言である。韓氏オモニは何度もアボニム有原罪誕生を主張し、昨年二月には、学術会議の場で金振春教授にアボニム有原罪論を講義させ、教義化した。だからミクラー教授もアボニム有原罪論を支持した。情報通の井口氏がこれを知らないはずはない。

 

 そもそも、「言ってない!」という強い否定は、アボニムが「無原罪」で生まれた確信の表明であり、韓氏オモニの独生女論に対する強い否定である。これは、韓氏オモニ、金振春教授、ミクラー教授の言葉と真逆で、いかに家庭連合の信仰が、独生女論によって混乱しているかを暴露する事実である。

 

 家庭連合指導者は、食口に真の父母一体という真っ赤なウソを強調する一方、独生女論を「独り子」に対する「独り娘」という、単なる言葉の問題とだましている。皆さんは、自身の霊魂の救いがかかった信仰の重大問題について、家庭連合指導者から巧みに思想操作されている事実を知るべきである。

 

 4.周藤氏の独生女論への転向

 

昨年12月17日、周藤氏に、澤田さんが「韓氏オモニに、生まれながらに原罪がないというのは原理的に全くおかしいことではないか?」と問いかけ、周藤氏は振り返って、「おかしくありません!」と断固として訴えた。周藤氏は「60億人類のなかに、ただ一人、無原罪のお方がおられます。そのお方こそ文鮮明先生です」と講義していた。無原罪の方はアボニムただ一人で、韓氏オモニは有原罪だと信じるから言える言葉である。しかし、韓氏オモニ無原罪誕生を「おかしくありません!」と言った。

 

 そもそも周藤氏が教えていた通り、すべての食口はアボニムが地上におられる時、アボニムお一人が無原罪という正統信仰を共有していた。しかし、韓氏オモニの独生女論により、家庭連合の信仰はアボニムの正統信仰から独生女論に変質した。周藤氏は、独生女論を受け入れたのである。本来、周藤氏のような元老食口は、統一信仰の守り手、異端からの防波堤の役割を果たすべきである。その使命を果たさず、韓氏オモニの異端説に従ったことが家庭連合の道を誤らせた。

 

周藤氏は一度、ミクラー教授の立場に自身を置いて考えてほしい。宗教学会の場で、「アボニムは原罪をもって生まれたのか?」と追及されたらどう答えるのか?「NО」か、それとも「アボニムが有原罪で生まれた」と説明するのか? これこそ、全ての食口の悪夢であり、韓氏オモニが強要する「独生女の踏み絵」である。哀れなミクラ―教授はこの背信の証言が統一教会の歴史に永遠に記録されるのである。この問いから逃れられる食口は誰もいない。独生女論とは善良な食口にメシア・アボニムを裏切らせる恐るべき罠である。

 

家庭連合の精神世界の混乱は「アボニムが無原罪誕生で、オモニは有原罪誕生」という正統信仰に復帰しないかぎり正常に戻らない。皆さんは断固として、韓氏オモニの踏み絵を突き返さなければならない。それ以外に救いに至る道はない。

 

5.文亨進二代王に帰依し救済の道へ!

 

〈独生女論は不要物〉

 

家庭連合の皆さんは、一刻も早く、アボニムの正統信仰に戻らなければならない。信仰の原点であるアボニムをもう一度考えてほしい。もしアボニムがいなかったら、統一教会は、どうなったであろうか? 原理も、み言も、世界宣教も、勝共運動も、祝福もない。そもそも統一教会自体なかった。アボニムの存在の大きさをあらためて考えるべきである。アボニムこそ、統一運動の創始者、設計者、推進者であり、すべての根になるお方である。反対に、韓氏オモニがいなかったらどうであろうか? 韓氏オモニは、統一運動の創始者でも、設計者でも、推進者でもない。故に、おられなくとも多くのことが成就した。

 

それでは、韓氏オモニが唱える独生女論が無ければ、どうであろうか? 私たちは救いを得られなかったであろうか? そもそも、独生女論が私たちの救いと何の関係があるだろうか?また、独生女論で恵みを感じたであろうか? あなたにとって独生女論が必要であろうか? もし、必要と思うならば、先のミクラー教授や、澤田さんに答えられない幹部たちのような、自信の無い、混乱した反応にはならない。「メシア・アボニムが原罪をもって生まれ、アボニムは偽り者だった」という独生女論など、統一食口にとって「救い」や「福音」になるはずはないのである。

 

本来、韓氏オモニが背信せず、アボニムの真理を守り、正統後継者である文亨進二代王が家庭連合を継承していたら、アボニムの伝統が引き継がれ、歴史はまったく違うものになっていた。清平が神の摂理の中心であり、韓国が神の祖国だった。世界も審判を受けることなく、もっと平和な情勢になっていた。それら全てを台無しにしたのが、韓氏オモニの背信であり、その帰結が、独生女論による統一教会信仰の破壊である。

 

〈アボニムは生きている!〉

 

韓氏オモニは、独生女論を強要することによって、アボニムの真理の価値を破壊した。アボニムの北朝鮮での受難を酷評することによって、アボニムの苦難の価値を破壊した。そして最後に、アボニムの血統の価値を破壊しようとしている。

 

韓氏オモニは、神の女王を僭称している。ユダヤキリスト教の伝統では、メシアは王として来られ、当然、メシアの子が王位を継ぐ。しかし韓氏オモニは、子女様は王になれず、真の父母のみが王であるとし、女王である自分を最後に、メシア王朝は一代で終わると主張する。一代で終わる王朝など、どこにあろうか?

 

そのかわり、最高委員会という、アボニムが語ったこともない機構をつくり、後継者を決定する制度をつくった。後継者は、アボニムの血統を引かなくともよい。故に誰でも後継者になれる。これはメシアの血統の価値を破壊する陰謀である。こんな制度は、金と権力を持つ者が支配する世俗の制度と変わらない。

 

ここまで家庭連合は逸脱した。しかし我々は摂理が失敗し遅れても、霊妙に辻褄が合うのが、また摂理であることを知っている。韓氏オモニが如何にアボニムの価値をおとしめても、今や、メシアの血統を継ぎ、誰よりもアボニムを愛する文亨進二代王と、王様に従うサンクチュアリ教会の食口によって、メシア・アボニムの栄光は、より大きなもの、永遠なもの、不変なものになって甦っている。文亨進二代王は今年の1月下旬、スイスで開催された主権市民同盟会議を終え、こう語られた。

 

王、王妃は「王統は永遠性をもつ。消滅しない」と考えます。なぜなら、血統を通して考えるからです。たとえば、アボニムは今、霊界におられます。しかし私という相続者を通して生き続けておられます。アボニムは生きておられるのです!アボニムは死んでいません。愚かな家庭連合はアボニムが死んだと思っている!愚か者が。このガラクタのような信仰!アボニムは決して死にはしない、永遠に生きるのです!決して死にません!愚か者たち!それがわれわれとの違いです。アボニムは生きておられる。私が死んだら、三代王を通して生き続けられます。もしあなたが次の世代の天一国の人々と共に生きるとしても。

 

家庭連合は皆さんに、サンクチュアリ教会に対し、見るな、聞くな、触れるなと接触を禁じている。なぜ禁じるのか。ミクラー教授や井口氏、そして周藤先生の回答を見れば一目瞭然である。家庭連合は、偽りの神学である独生女論で大混乱をきたしている。故に、接触を禁じるしか方法がない。

 

家庭連合の皆さん、韓氏オモニ、家庭連合の下に留まっていたら、必ず後悔する日が訪れる。生きて正統信仰に戻れるならば幸いである。しかし、霊界に行って真理を知ることはどんなに辛いであろうか。幹部は、地位や給料、しがらみを果敢に捨て去り、亨進ニムのように荒野へゆく覚悟をすべきである。一般食口は、サンクチュアリ教会の情報を得るため、ユーチューブなどを見て、真実を知り、統一運動の正統信仰とアボニムのみ心が、サンクチュアリ教会に有ることを悟っていただきたい。そして、文亨進二代王に従い、真のみ旨を成し遂げるため、新たな出発を成すべきである。

 

〈全5000字〉  詳しくは、全15000字の 永田正治の投稿ブログ 特別公開「私の独生女論考」(家庭連合幹部のデタラメな見解)をご覧ください。

 

 

【永田正治さんのプロフィール】

1954年東京生まれ。高麗大学歴史学科卒業。崇実大学統一政策大学院修士、啓明大学日本学博士課程修了。慶州ソラボル大学勤務(1997—2007)。慶州歴史文化都市造成計画TF委員歴任。著作に『北朝鮮関連日本書籍の分析』、『徳川綱吉儒教政策』など。日本に帰国後は、信者の異宗教交流により宗教間交流の活性化をめざす「異宗教コミュニケーション」を提唱。「異宗教コミュニケーションのすすめ」、「宗教の復権と異宗教コミュニケーション」、「宗教多元主義と異宗教コミュニケーション-遠藤周作『深い河』を中心に」などがある。

 

 

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なぜ「韓鶴子総裁」は使命を失敗したのか。(旧約聖書「ルツ記」研究)

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なぜ「韓鶴子総裁」は使命を失敗したのか。
旧約聖書「ルツ記」研究)

 


●はじめに


旧約聖書「ルツ記」ほど嫁姑(よめしゅうとめ)が仲睦まじく描かれている物語はありません。麗しい婦人に関する美しい物語は、女性が神の前に正しく生きる道を、あますことなく示唆しています。

そして「ルツ記」の最後には系図が書かれています。

嫁の「ルツ」が生んだ「オベデ」の子は「エッサイ」、「エッサイ」の子は「ダビデ」。もちろん「ダビデ王」の血統は「キリスト」に至ります。

異邦人の娘「ルツ」はなぜ、キリスト聖誕のために血統の贖い(聖化)に貢献できたのでしょうか。義理の母親「ナオミ」の信仰に焦点をあてて研究してみます。

(*「韓氏オモニ」失敗の要因分析につきましては「おわりに」で記述します。)

 

 

 

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●「ルツ記」の時代背景

この「ルツ記」はイスラエルダビデによって王国をつくる前の、「さばきつかさ(士師)」により部族が統治されていた時代の史実です。(紀元前1300年頃)。

後ほど「ルツ」の夫になる「ボアズ」の血統の先祖には、エリコ城を陥落させるために、城に潜入していたイスラエルの偵察隊を命がけで逃し、神の前に信仰の功績を立てた「遊女ラハブ」がいます。

「ルツ記」はカナンの地に十二部族が嗣業を得た後も、土着の異邦の民との戦乱が絶えることなく、不安な日々を生きていた頃の記録です。

 

 

 

●エリメレクとナオミ、飢饉によりモアブ人の地に寄留する(1章)

ベツレヘムに住んでいた「エリメレク」と「ナオミ」は、飢饉のために二人の幼い息子を引き連れ、モアブの地に移り、そこに寄留しました。これは、「エリメレク」にとって、たいへん不本意な事態であったに違いありません。

神が愛し定めた嗣業の地を離れ、敵対関係にあった異邦のモアブの地(モアブ人はロトの子孫)に寄留することを決断したのは、家長として、よほど切羽詰まった事情があった事が推測されます。

 

 

 

●「ナオミ」の信仰と切実な祈り

不本意な決断をせざるを得なかった夫「エリメレク」に、「ナオミ」は従順に従います。風習も文化も違う異邦の地で「ナオミ」は幼い二人の息子を立派に育て、モアブ人の二人の娘「ルツ(兄嫁)」と「オルパ(弟嫁)」を嫁に迎えます。

私は「ナオミ」が以下の様に神に誓いを立てたことを確信します。(聖書に記述はありませんが。)

『唯一なるイスラエルの神よ、今私と夫「エリメルク」は異邦の地に寄留の身ですが、必ずや嗣業の地ベツレヘムに戻り「エリメレク」の家系を永遠に残します。嫁の「ルツ」と「オルパ」は異邦人の娘ですが、私がイスラエルの神とユダヤの律法を教え、立派なユダヤの民に育てます。神よ、二人の嫁達をお導きください。』

 

 

 

●「ナオミ」を襲った試練と絶望

ところが、「ナオミ」に神様からの試練が襲います。夫エリメルクが先に死に、その後二入の息子「マフロン」と「キルヨン」も次々に亡くなってしまうのです。

「ナオミ」の悲しみは如何ばかりであったことでしょうか。

愛する夫と息子との突然の離別。

そして、二人の息子は子を残すことなく死にましたから、夫エリメレクの嗣業を継ぐ直系の子女が誰もいなくなってしまったのです。

 

 

 

ベツレヘムへの帰還と嫁「ルツ」の信仰


絶望の中に「ナオミ」は夫「エリメルク」の嗣業の地であるベツレヘムへの帰還を決意します。

そして二人の嫁に、それぞれの実家に戻ることを促します。モアブの地の寄留者であったのですから、二人の嫁の実家は目と鼻の先にあったはずです。

しかし長男の嫁「ルツ」は最後まで従いませんでした。以下に「ルツ記」で最も美しい聖句を記します。

ナオミはふたりの嫁に言った、「あなたがたは、それぞれ自分の母の家に帰って行きなさい。あなたがたが、死んだふたりの子とわたしに親切をつくしたように、どうぞ、主があなたがたに、いつくしみを賜わりますように」。こう言って、ふたりの嫁に口づけしたので、彼らは声をあげて泣き、ナオミに言った。「いいえ、わたしたちは一緒にあなたの民のところへ帰ります」。(ルツ記1章8節~10節)

ルツは言った、「あなたを捨て、あなたを離れて帰ることをわたしに勧めないでください。わたしはあなたの行かれる所へ行き、またあなたの宿られる所に宿ります。あなたの民はわたしの民、あなたの神はわたしの神です。あなたの死なれる所でわたしも死んで、そのかたわらに葬られます。もし死に別れでなく、わたしがあなたと別れるならば、主よ、どうぞわたしをいくえにも罰してください」。 ナオミはルツが自分と一緒に行こうと、固く決心しているのを見たので、そのうえ言うことをやめた。(ルツ記1章16節~18節)

 

「ルツ」の従順無垢な信仰と、それを導いた義母「ナオミ」の信仰と献身。

そして真の愛の勝利。

愛する夫もいない異邦人の娘が、義母に従い未知の土地に向かう事は、どれほど困難な選択だったでしょうか。

ここに至って、「ナオミ」と「ルツ」は心情的には「義母」と「嫁」ではなく、「母」と「娘」と呼べるような関係になったのです。

 

 

 

●未知の土地で、休まず落ち穂拾いをする「ルツ」


娘「ルツ」は母「ナオミ」に、見ず知らずの土地で「落ち穂拾い」をすることを提案します。

そして朝から晩まで「ナオミ」のために休まず「落ち穂拾い」を続けました。

さらにその土地は偶然にも親戚「ボアズ」の畑で、「ボアズ」は次のように「ルツ」に語りかけます。


ボアズはルツに言った、「娘よ、お聞きなさい。ほかの畑に穂を拾いに行ってはいけません。またここを去ってはなりません。わたしのところで働く女たちを離れないで、ここにいなさい。」(ルツ記2章8節)


彼女は地に伏して拝し、彼に言った、「どうしてあなたは、わたしのような外国人を顧みて、親切にしてくださるのですか」。 ボアズは答えて彼女に言った、「あなたの夫が死んでこのかた、あなたがしゅうとめにつくしたこと、また自分の父母と生れた国を離れて、かつて知らなかった民のところにきたことは皆わたしに聞えました。 どうぞ、主があなたのしたことに報いられるように。どうぞ、イスラエルの神、主、すなわちあなたがその翼の下に身を寄せようとしてきた主からじゅうぶんの報いを得られるように」。(ルツ記2章10節~12節)


なんと健気な「ルツ」の姿でしょうか。そこには自己主張やわがままをいい、母親を困らせる娘の姿はどこにも見当たりません。

献身的に母親「ナオミ」のために、身を粉にして働き続ける娘「ルツ」の美しい姿。

「ルツ」の姿は、聖書を読む者の胸に深い感動を呼び起こします。

 



 


●縁者「ボアズ」により「エリメレク」の血統存続を祈った「ナオミ」

収獲も終わりに近づいた時、「ナオミ」は「ルツ」にある事を告げます。

仕事の後、食事をして眠りにつく「ボアズ」の足下に入り、横になることを指示したのです。

「ルツ」は「ナオミ」の告げる意味を理解していました。

「ナオミ」は「ルツ」をとおして夫「エリメレク」の嗣業と血統を残すことを望んでいたのです。

そして「ルツ」は従順にその指示に従い身を委ねたのです。(これはどれほど信じがたいほど従順な信仰でしょうか)

「ルツ」が自分の足下に横たわっている事に気が付いた「ボアズ」は、次のように「ルツ」の信仰を賞賛します。

 

ボアズは言った、「娘よ、どうぞ、主があなたを祝福されるように。あなたは貧富にかかわらず若い人に従い行くことはせず、あなたが最後に示したこの親切は、さきに示した親切にまさっています。 それで、娘よ、あなたは恐れるにおよびません。あなたが求めることは皆、あなたのためにいたしましょう。(ルツ記3章10節~11節)

 

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足下にいる「ルツ」に訳を訪ねる「ボアズ」





 

●なぜ「ボアズ」は決断したのか。

なぜ「ボアズ」は、異邦人の娘「ルツ」を自分の妻として引き取ることを決断したのでしょうか。

「ボアズ」は広大な畑を持つ裕福な人であり、犠牲を払い、必ずしも積極的に「アビメレク」の嗣業の地を買い戻さなくても良かったはずです。

その嗣業の地は、長子を「エリメレク」の養子として差し出さなければならず、最終的にその息子の所有に還るからです。

その答えは、「ルツ」の純粋な行動の背後にある、義母「ナオミ」の祈りにあります。

「ナオミ」はモアブの地で「エリメレク」の嗣業と血統を永遠にイスラエルに残すと神へ誓ったのです。

心の正しい善良なユダヤ人「ボアズ」は、その祈りを敏感に感じ取ったに違いありません。

そして「ボアズ」もまた、神様の啓示に従順に従い、結果的にイエスキリストへ至る血統の贖い(聖化)への同参者になることができたのです。

 

 


●逸話(ベツレヘムのキリスト降誕教会)

ベツレヘムのキリスト降誕教会の地下に、イエスが聖誕したと伝えられる部屋があります。

そして古い伝説によるとこの部屋は、かつてダビデの先祖以来の家の一部であり、それ以前はボアズとルツが使用していた場所だというのです。

その真偽は定かではありませんが、キリスト聖誕に連結されるエピソードとして、ボアズとルツ、そしてその母親ナオミの満面の笑顔が浮かび上がってくることを感じるのは、私だけでしょうか。

 

 

●おわりに


「ナオミ」と「韓鶴子総裁」の比較研究。
韓鶴子総裁」はどこで間違ってしまったのか。

 

 


1.夫の「嗣業」と「血統」を守り抜いた「ナオミ」

 

韓鶴子総裁」は、清平修練院の訓母「金孝南」の悪巧みにまんまと引っかかり、「自らの誕生は胎中から無原罪、文鮮明師の誕生は有原罪(サタンの血統)誕生」とする「独生女論」を突如提唱し、文鮮明師の尊厳を著しく毀損しました。

それだけではありません。

韓鶴子総裁」は自らの韓氏の血統と、自分の母親である大母様の「清平」での功績を、事あるたびに自慢します。文鮮明師が築いたすべての教会資産を売却し、清平を第二のバチカンにすると豪語し、謙虚さを失い自らの権勢を誇っています。

文鮮明師が遺言として制定した八代教材教本は、文鮮明師の聖和後すぐさま、三冊の「基本聖典」に作りかえ、自らの正当性に不利になる文鮮明師の発言を「御言選集」から削除しました。

文鮮明師の定めた天一国国歌の歌詞(栄光の賜物)を、一般信徒公募の歌詞に書き換え、公の講演の席で、文鮮明師の功績は一切語らず、その玉座も撤廃してしまいました。

 

 

 

2.息子の嫁達をも信仰に導いた「ナオミ」の献身と真の「愛」

 

ロイヤルファミリーにおける、血統逸脱行為の数々は、ここでいちいち挙げる事がはばかれるほど、全世界の信徒を悲しませました。

そのような事案が伝わるたびに、家庭連合幹部は一般信徒に、祝福家庭が使命を果たせなかったことが原因であると語り、信徒に悔い改めを促してきました。

たしかに、祝福家庭が多くの不信仰を犯し、その罪の精算をロイヤルファミリーが担ってきた事もまた真実であろうと思います。

ただ、今回「ルツ記」をとおして、母親としての「ナオミ」の献身と信仰を知るにつけ、子女達の養育に対する母親の責任とは何だったのかと深く考えざるを得ません。


 

 

3.夫「エリメレク」の後継者を定め、嗣業と血統を守った「ナオミ」

 

私は、本来「文鮮明師」が生きて「基元節」を迎えていたなら、そこで後継者へ全権を相続する「戴冠式」が挙行されたのであろうと信じます。

しかし、残念ながら、元日本総会長の「劉正玉先生」が講演で語られているように、「韓鶴子総裁」は母としての使命を完遂できなかったのであろうと推測します。

そして、事もあろうに、金孝南氏と側近幹部にそそのかされ、自らを「メシア」「神」と宣言してしまいました。血統を守るべき「母子協助」の母の使命を放棄し、「天一憲法」制定で、後継者を選挙で選ぶという、とんでもない過ちを犯してしまいました。

もはや完全に天運は「家庭連合」から離れ去りました。

このような、神の摂理を破壊する「独生女論」信奉者「韓鶴子総裁」につき従うことは、再臨主に対する重大な背信行為であることは明らかです。

如何に神秘のベールで覆い隠そうとしても、遠からず真実は明らかになります。そして、その内容は、拍子抜けするほどシンプルなのです。

 

 

おわり

 

 

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